場は情報なのか? Part3


Author: MikeTurkey, in conversation with claude
Date: 1 Jan 2026

スサノオとノア

Part 2でスサノオ(Susanoo)を取り上げた。高天原(Takamagahara)で乱暴を働き、
天照大神(Amaterasu)を天岩戸(Cave of the Sun Goddess)に隠れさせた荒ぶる神。

しかし地上に降りた後、彼は変わった。八岐大蛇を退治し、人々を救い、善行を積むようになった。
スサノオは「場」が変わることで変化した。高天原という場では荒ぶる存在だったが、地上という場に移ることで、善なる存在へと変容した。
場が人を変える。これはPart 1で論じた「場=情報」という仮説と一致する。

しかしノアは違う。
ノアは悪い場に身を置いていた。聖書によれば、当時の世界は堕落し、暴虐に満ちていた。
人々の心は常に悪に向かっていた。ダークエネルギーが充満した場である。
スサノオのように場を移ったわけではない。
同じ堕落した世界に住んでいた。同じ情報環境に晒されていた。それなのに、ノアは染まらなかった。

なぜか。
なぜノアだけが、悪しき場の中で善を保てたのか。なぜ周囲が闇に呑まれる中で、光を発し続けられたのか。
この問いに答えることが、Part 3の主題である。
そしてその答えは、情報の洪水に溺れる現代人への処方箋になるはずだ。

ノアの秘密

聖書はノアをこう描写している。
「ノアは正しい人であり、その時代にあって全き人であった。ノアは神と共に歩んだ」

「神と共に歩んだ」とは何を意味するか。
私はこう解釈する。

ノアは自然と共に生きていた。自然を熟知していた。
古代において神と自然は分離していなかった。雷は神の声、季節の巡りは神の摂理。
「神と共に歩む」とは「自然と共に生き、自然から学ぶ」ことだったのではないか。

周囲の人々は人間社会の情報に染まっていた。
暴虐、不正、欲望。人間が作り出したいわばダークエネルギーの中で生きていた。

ノアは違った。
自然という一次情報に触れ続けていた。

人間社会のノイズではなく、自然界のシグナルを受け取っていた。
だから場に染まらなかった。だから些細な変化に気づけた。
空の色がいつもと違う。風の匂いが変わった。動物たちの様子がおかしい。
ノアはそれを感じ取った。
周囲の人々は気づかなかった。人間社会のノイズに埋もれていたからだ。

箴言の知恵

聖書の箴言にこうある。
"A prudent man foresees evil and hides himself, but the simple pass on and are punished."
「賢い人は災いを予見して身を隠す。しかし愚か者はそのまま進んで罰を受ける」(箴言22:3)

この「賢い人(prudent)」とは何か。単に頭が良いという意味ではない。先を見通す力、些細な変化を感じ取る力を持つ人である。
また「予測する(fore-sees)」とは、単に「予測する」ではなく「前もって見る」と訳すそうだ。

私はこう訳したい。
「学問を学び些細な変化を感じ取れる人は予見して身を隠す。しかし学問を学ばず些細な変化を感じ取れない人はそのまま進んで罰を受ける」

これがノアだった。
自然という学問を修め、経験から学び、微かな兆候を感じ取った。
だから洪水を予見できた。方舟を造った。
周囲の人々は嘲笑した。
しかし洪水が来たとき、笑っていた者たちは呑まれ、嘲笑されていたノアだけが生き残った。

古代の箴言は、このメカニズムを完全には言語化できなかった。
「賢い人」という属性で表現するしかなかった。
しかし本質は「よく学び、些細な変化を感じ取れるようになること」だった。

現代でどう学ぶか

ノアは学問を修めた人だと思われる。では現代人はどう学ぶべきか。
ここに危険が潜んでいる。

現代人は「学べ」と言われるとテキストを読むか動画を視聴する。
本、インターネット、SNS。しかしそのテキストや動画自体が汚染されている可能性がある。
フェイクニュース、意図的な誤情報、SEO最適化された中身のない記事、AIが生成した真偽不明のコンテンツ。

テキストで学ぶほど、悪い情報に染まるリスクが高まる。
学問を学んでいるつもりが、悪い情報という名のダークエネルギーを吸収しているかもしれない。
これは古代にはなかった危険である。

ノアは何から学んだか。
自然である。空の色、風の向き、動物の行動、水の流れ。
自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じた。
これが一次情報である。自然は嘘をつかない。人を騙す意図を持たない。

対照的に、人間が作った情報は常に意図を含む。
説得したい、売りたい、注目を集めたい。その意図がダークエネルギーとなって混入する。

現代人がノアのように学ぶには、一次情報に立ち返る必要がある。
自然の中に身を置く。自分の目で観察する。
誰かの解釈や要約ではなく、直接の経験から学ぶ。テキストを読むときも、鵜呑みにせず、自分で検証する姿勢を持つ。

これは効率が悪いように見える。
しかしノイズまみれの情報を大量に摂取するより、少量でも純粋なシグナルを受け取る方が、真実に近づける。
ノアは情報量で勝ったのではない。情報の質で勝ったのだ。

現代の方舟

ノアは方舟を造った。外の洪水から身を守る空間を。 現代人も方舟を造らなければならない。それは情報環境を自分で構築することである。何を受け取り、何を遮断するか。何を方舟に乗せ、何を外に置くか。自分で選ぶ。 しかしここに困難がある。現代人が直面している洪水は、ノアの時代とは比較にならない規模だからだ。

現代の洪水

ノアの時代、洪水は水だった。現代の洪水は情報である。 研究によれば、現代人は1日あたり約34ギガバイトの情報を受け取っている。これは約10万5千語に相当し、起きている時間で計算すると1秒あたり23語が目や耳に流れ込んでいる。別の研究では74ギガバイトという推計もある。 対照的に、3万年前の狩猟採集民が生涯で蓄積した知識は約0.005ギガバイト。ノアの時代の古代文明でも約0.03ギガバイト。現代人は1日で、古代人の生涯分の数千倍の情報に晒されている。 Google元CEOのエリック・シュミットはこう述べた。「現在、人類は2日ごとに、文明の夜明けから2003年までに作られた全情報量と同じ量の情報を生み出している」 毎日5億件のツイート、2940億通のメール、65億件のメッセージが飛び交う。これが現代人の置かれた状況である。ノアの時代より遥かに多くのダークエネルギーが満ちている。

シグナルとノイズ

古代人の情報環境を考えてみよう。

情報源は限られていた。自然の観察、長老からの口伝、自分自身の経験。嘘や誤情報も存在したが、量が少なかった。真実(シグナル)と虚偽(ノイズ)の比率は、現代より遥かに良かった。

ノアが「些細な変化」に気づけたのは、この環境もあったからだ。微かなシグナルを感じ取る余裕があった。

現代はどうか。

シグナルはノイズに完全に埋もれている。些細な変化に気づくことが、物理的に困難になっている。これがダークエネルギーの作用である。情報の洪水が人を真実から引き離す。

ノアの時代でさえ、気づけたのはノアだけだった。 現代は数万倍の情報に晒されている。 スサノオのように場を変えることも難しい。 どこに行っても情報の洪水は追いかけてくる。スマートフォンがある限り、ダークエネルギーから完全に逃れることはできない。

ではどうするか。

止観という道

ここで仏教の知恵が光を放つ。 止観(シャマタ・ヴィパッサナー)。2500年前にブッダが説いた実践である。 「止(シャマタ)」とは心を静めること。情報の流入を止める。ノイズを遮断する。 「観(ヴィパッサナー)」とは静まった心で真実を観ること。ノイズが消えた状態で、シグナルを見る。

これはまさに「些細な変化に気づく」ための方法論である。 心が騒いでいると、微かなシグナルは感じ取れない。1秒に23語が流れ込む状況で、繊細な変化を察知することは不可能だ。 心を静めて初めて、かすかな兆候が見えてくる。ノアが感じ取った空の色の変化、風の匂い、動物の不穏な動き。それらは静寂の中でしか知覚できない。 スサノオは場を変えることで変わった。 しかし場を変えられない現代人には、別の方法がある。場の中にいながら、心を静めることで、場に染まらない。これが止観の本質である。

ノアもそうだったのではないか。 堕落した世界という場の中にいながら、自然との対話という静寂を保つことで、場に染まらなかった。

普遍的な知恵

止観は仏教の言葉だが、この知恵は普遍的である。

キリスト教の観想(コンテンプレーション)は、神との静かな対話を通じて真理に至る。 イスラム教のムラーカバは、心を神に向ける瞑想である。 神道の禊は、穢れを祓い心を清める。 ストア哲学のアタラクシア(平静)は、外的なものに動じない心の状態を指す。

すべての伝統が同じことを言っている。静けさの中で真実に至る。

これは偶然ではない。 人間が真実を見るためには、ノイズを減らすしかない。 古代の賢者たちは、情報理論を知らずにこの原理を発見していた。

実践

では具体的に何をすべきか。

情報の断食。 定期的に情報源を遮断する。SNS、ニュース、通知から離れる時間を作る。古代人の情報環境に意図的に近づける。

一次情報への回帰。 自然の中に身を置く。自分の目で見る、手で触れる。誰かの解釈ではなく、直接の経験を重視する。ノアが神と共に歩んだように、自然と共に歩む。

静寂の確保。 瞑想、散歩、沈黙の時間。脳が情報を処理する余裕を与える。些細な変化に気づける状態を作る。

情報源の選択。 すべてを受け入れない。信頼できる少数の源に絞る。方舟に乗せる情報を自分で選ぶ。

これが現代の方舟の造り方である。

希望

宇宙の96%は闇である。可視物質はたった4%。 救われる者は少数かもしれない。ノアの方舟に乗れたのは8人だけだった。仏教でも悟りに至る者は極めて少ない。 しかし4%はゼロではない。 スサノオは場を変えることで善なる存在になった。ノアは場の中にいながら染まらなかった。どちらの道も存在する。

現代人も同じ選択ができる。 情報の洪水の中で溺れるか、方舟を造るか。ダークエネルギーに染まるか、静寂の中で光を保つか。

その選択は、今この瞬間にもできる。 心を静めよ。些細な変化を感じ取れ。方舟を造れ。

これが古代からの警告であり、同時に希望である。

場を感じる力

Part 1では「場=情報」という仮説を提示した。電子が電場に応答するように、人間も情報環境という場に応答する。
光は電磁場の振動として真実を運び、闇は虚偽を広げる。(このエッセイではこのように仮定している)
しかし一つ疑問が残る。
同じ場に置かれても、応答する者としない者がいる。
電子は電場があれば必ず応答する。選択の余地がない。
しかし人間は、情報があっても受け取らないことができる。この違いは何か。

二つの神話

この問いを考えるために、二つの神話を比較する。
ノアの方舟(旧約聖書)では、人々は堕落し、暴虐に満ち、心が常に悪に向かっていた。
神はノアにだけ語りかけ、方舟を造らせた。ノアが方舟を造っている間、人々はそれを見ていたはずだ。
しかし聖書はこう記す。「洪水が来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった」

天岩戸(Cave of the Sun Goddess, 日本神話)では、スサノオ(Susanoo)が高天原(Takamagahara)で乱暴を働き、
天照大神(Amaterasu)が岩戸に隠れて世界が闇に覆われた。
神々は祭りを開き、アメノウズメ(Amenouzume)が踊り、笑いが起きた。天照は不思議に思って岩戸を開け、光が戻った。
その後スサノオは追放され、地上で老夫婦の涙を見て、ヤマタノオロチ(Yamata no Orochi)を退治する英雄となった。

次の項目ではスサノオの話を詳しく見てみよう。

Tip

アメノウズメとは芸能の神である。

乱暴を働く神が英雄になる物語

天岩戸(日本神話)を説明する。
天照大神はスサノオの姉である。
姉が弟の面倒を見るというのが、人間世界ではよく見られることであるが、神の世界でもそれは同様である。

スサノオは乱暴者で、田畑の畦を埋め、馬の皮を逆剥ぎしたりと悪戯ばかり働いていた。
それに天照大神が大いに怒り、「天岩戸」という洞窟にお隠れになった。
太陽神である天照大神の光がなくなり、闇に閉ざされたため、高天原であっても作物が取れなくなり、
病気が蔓延した。

それに困った神々は、洞窟の前で踊り始めた。
天照大神は思った——私がいなくなり災いが起きているのに、なぜ彼らは踊っているのか。
不思議に思い、岩戸を少し開けた。その瞬間を逃さず、神々は天照を外へ引き出した。
高天原は再び光に包まれた。

この一件で、暴れたスサノオは高天原を追放される。

追放された場所には、ヤマタノオロチという8つの頭と尻尾を持つ大きな蛇がいた。
この蛇には毎年若い女性を生贄に捧げなければならない。
そこに住んでいた老夫婦は、八人の娘がいたがついに末娘一人だけになってしまい泣いていた。

それを不遇だと思ったスサノオは、「その蛇を退治したら娘を欲しい」と申し出て、老夫婦は喜んで応じた。
腕に自信のあるスサノオは、大蛇を退治し、娘と結婚することとなる。
その功績により、以降スサノオは英雄として扱われることとなる。

Tip

高天原とは、神が住むとされている場所。
天照大神がいわゆる「ボス」とされている。
なお、すべての神がここに住んでいるわけではない。

Note

「その蛇を退治したら娘を欲しい」

現代では人身売買であるが、古代の婚姻習慣を反映しておりそのままの記述にした。

場を感じる者、感じない者

二つの神話の違いは明確だ。
スサノオは場を感じた。高天原という場では破壊者だったが、地上という場で老夫婦の涙を見て、行動が変わった。
場が変われば応答が変わる。電子のように。

ノアの方舟で滅んだ人々は場を感じなかった。ノアが方舟を造っているという情報は存在していた。
目の前にあった。しかし彼らはその情報を受信しなかった。
洪水という最大の情報すら、「何も気がつかなかった」。

情報は存在するだけでは意味がない。受信されなければ、存在しないのと同じだ。

物理学との対応

ここでダークマターを思い出す。
ダークマターは光と相互作用しないとされる。
光が来ても、反射しない、吸収しない、応答しない。
光という情報を「感じない」存在だ。
しかし重力は持っている。質量はある。存在感はある。

これは堕落した人々の描写と重なる。

彼らは社会的な存在感を持っていた。
日常生活を送り、食べたり飲んだり、結婚したりしていた。重力はあった。
しかし真実という光に応答しなかった。ノアの警告が届かなかった。光を感じない存在だった。

三種類の存在

人間社会を物理学の比喩で分類すると、こうなる。

第一に、光を発する存在。可視物質に対応する。
真実を見て、真実を発信する者。
ノアのように神と共に歩み、嘲笑されても方舟を造り続ける者。全体の4%。

第二に、場を感じる存在。電子的な存在。
場に応じて善にも悪にもなりうる。
スサノオのように、たとえ破壊者であっても、老夫婦と娘の不遇に感化しては英雄となる。
感じる力を保っている限り、救われる可能性がある。

第三に、場を感じない存在。ダークマターに対応する。
光が来ても届かない。警告があっても受信しない。
重力は持っている。社会的影響力はある。
集団で構造を作る。しかし光とは相互作用しない。全体の27%。

そして68%を占めるダークエネルギー。
これは嘘、誹謗中傷、虚偽の情報に対応する。
宇宙を加速膨張させ、物質同士を引き離す力。
人間社会では、人と人を引き離し、人と真実を引き離し、やがて人が場を感じる力そのものを奪っていく。

Note

なぜスサノオは、神たちが住まう高天原で良き神にならなかったのか?
「場」がよければ、スサノオも良き神になるはずである。
この答えは、姉と弟の関係であったことが推測される。
兄弟間ではしばしば悪戯をしあうものである。
それが過ぎたのではないかと、筆者は推測している。

ダークエネルギーの作用

ダークエネルギーのような嘘や誹謗中傷は、一体何を引き起こすのだろうか?

SNSの誹謗中傷を考える。最初は傷つく。感じている証拠だ。
しかし浴び続けると慣れる。防御のために感覚を鈍らせる。
やがて何も感じなくなる。同時に、他者の痛みも感じなくなる。そして自分も加害者になる。

これがダークマター化(dark-matterization)のプロセスだ。

ダークエネルギー(嘘、誹謗中傷)に曝され続けると、場を感じる力が麻痺していく。
閾値が上がり続け、やがて何も届かなくなる。
まるで物理学のダークマターのように光が来ても素通りする。感じない存在になる。

被害者が加害者になる。感じる者が感じなくなる。
これがダークエネルギーの本質的な害悪だ。
単に人を傷つけるのではなく、感じる力そのものを奪う。

善悪の再定義

従来の善悪は行為で判断される。何をしたか、何をしなかったか。
しかしこの構造から見ると、善悪は受信能力の問題として再定義できる。

スサノオは悪行を働いた。
田を壊し、神殿を汚し、機織り女の死を招いた。
しかし彼は「善」だった。場を感じる力があったからだ。
具体的には、老夫婦の悲しみに同調することができた。
だから場が変われば行動も変わった。

ノアの方舟で滅んだ人々は、普通の日常を送っていた。
食べたり飲んだり、結婚したり。しかし彼らは「悪」だった。
場を感じる力を失っていたからだ。だから光が来ても届かなかった。

場を感じるうちは善である。
たとえ悪行を働いても、感じる力がある限り、変われる可能性がある。
場を感じなくなったとき、人は悪になる。何をしていても、光が届かない存在になる。

宇宙の構成比と人間社会

宇宙の構成比を人間社会に当てはめると、驚くほど現実感がある。
善人は4%。
真実を追求し、発信し続ける人。社会の中でごく少数。ノアのような存在。

悪人は27%。
何を言っても届かない人。反省しない。感じない。
しかし社会的影響力は持っている。
集団を作り、構造を形成する。エコーチャンバーの住人。

嘘という力は68%。
社会に満ちている虚偽、誹謗中傷、フェイクニュース。
これが一般人を侵食し、悪人(ダークマター化)へと徐々に変えていく。

一般人は、善人とダークエネルギーの間で奪い合われている存在だ。
光の場に置かれれば善人側に近づき、闇の場に置かれればダークマター化していく。

Tip

エコーチャンバー(Echo Chamber) SNSでよく見られる現象。 同じような人と情報を共有しているため、違う意見が目に入らず、 偏った情報がさも真実だと思い込む現象。

二つの神話が語ること

天岩戸は希望を語る。場を変えれば人は変われる。
天照大神は、天岩戸で閉じこもり、暗い世界になっても、他の神は天岩戸で踊り明かし
闇から光へ場を変えようとした。
スサノオは、天岩戸から地上に降りて老夫婦の涙という「悲しみの場」に反応したからこそ、
英雄になれた。

ノアの方舟は現実を語る。しかし多くは変わらない。
場を感じない者には何を言っても届かない。気づかないまま滅びる。

「場」が変わって変われる人もいるが、多くの人は「場」が変わっても変われない。
つまり、どちらも真実である。

現代の洪水

ノアの時代、洪水が来て世界を覆った。
現代の洪水は情報の洪水だ。SNSのタイムライン、ニュースフィード、通知の嵐。その中に誹謗中傷、フェイクニュース、ヘイトが混じっている。毎日毎日、浴び続ける。
この洪水に溺れると、ダークマター化する。感じなくなる。真実が来ても届かない。光があっても見えない。

では我々はどうしたら良いのだろうか?

情報を選ぶことかもしれない。
すべてを浴びるのではなく、何を受け取るか選ぶ。闇の情報から距離を置く。

感じる力を守ることかもしれない。
麻痺する前に、闇から離れる。自分の感覚が鈍っていないか、常に点検する。

真実の源との接続を保つことかもしれない。
ノアが神と共に歩んだように、自分なりの真実の基準を持ち続ける。
多数派に流されない。場に染まらない。

このことについてはpart3で話すこととする。

結論

場は情報である。
しかし、情報を受信する力がなければ、場は存在しないのと同じだ。

ダークマターは光と相互作用しない。光という情報を感じない存在だ。
人間社会にも同じ存在がいる。
真実という光が届いても、感じない者には届かない。

ダークエネルギーは人と真実を引き離す。
浴び続けると、場を感じる力そのものを奪う。被害者が加害者になり、感じる者が感じなくなる。

宇宙の96%は闇だ。人間社会も同じかもしれない。
光を発する者は4%。感じなくなった者は27%。そして68%の嘘が、日々人々をダークマター化させている。

しかし光はゼロではない。4%は存在する。方舟に乗る者は少数でも、必ず存在する。

どうすれば良いのだろうか?
古代からの逸話から、私が言いたいことは「感じる力を失うな。」ということである。
「感じない」ほうが楽であるが、楽をしてはならない。

最後にこの一節を贈る。

マタイの福音書7章13節

狭い門から入りなさい。
滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです。
いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いことでしょう。
そして、それを見出す者はわずかです。
> Entrai pela porta estreita; porque larga é a porta, e espaçoso o caminho que conduz à perdição, e muitos são os que entram por ela; E porque estreita é a porta, e apertado o caminho que leva à vida, e poucos há que a encontrem.

### ロシア語 (Синодальный перевод) > Входите тесными вратами, потому что широки врата и пространен путь, ведущие в погибель, и многие идут ими; потому что тесны врата и узок путь, ведущие в жизнь, и немногие находят их.

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The next is part3.

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